目を開けただけでは、それが現実だとは気付けなかった。
薄暗い部屋の闇はまるで夢の続きそのもので、隣室から零れてくる光が僅かに、その背中を浮かび上がらせている。
いつもつけている腕時計、ポケットに押し込んだ煙草の箱。知ってる。白城さんが喫わないのは私の前でだけだってこと。
きっと、息抜きに行くんだろう。それも分かっていた。でも、それがとても悔しい気がした。
「俺、ちょっと出てくる。すぐに戻るよ」
だから、小さな声で呼んだのは必然だった。その袖を引いたのは無意識だった。
ここにいて。どこにもいかないで。
困らせてしまおうと、思ったのかもしれなかった。
せめて、私が目を開けている間だけでも。
「おやすみのキス、してくれたら寝ます」
私の抽斗の中から無理に探した、何かの引用。白城さんの目が、暗い部屋の中で揺らいだのが見えた。それでも彼は目を逸らすことなく取り合ってくれた。
「今日はまた、随分甘えたがりだなぁ」
少し困ったように笑いながら。大きな手のひらが、当たり前のように私の頭を撫でる。
「いつもは子ども扱いするなって言うくせに」
「なら、子供でいいです」
「都合のいい奴」
ふっと眇められた両目。頬に触れたかすかな体温。
本当は自分でも、どうしてそんな大胆なことが言えたのか分からなかった。
けれど、私の髪の毛越しに唇が触れた瞬間。
次に目が覚めたときに、これが夢でありませんようにと、強く思った。
Are you there?
(そこにいるの?)
End.
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