「37℃か」

 買ったばかりの体温計は上手く機能を果たして、俺の手の感覚が間違いでないことを証明してくれた。サイドボードの上にガサガサと、風邪薬やら冷却シートやらを放り出す。それを眺めながら、半身を起こしたままの悠花が背中を丸めた。

「だから、大したことないですよ。それより、ベッド占領しちゃってごめんなさい。あと、パジャマも」
 そう、腹の辺りまで覆った掛布団の下は、今はしっかりフリースの寝巻き。駅前の量販雑貨店まで走ったことが功を奏し、閉店寸前のところで買い漁ったものだった。最初からこうすれば良かったんだ。
 とは言うものの、どれが『それらしい』かなんて判断できるはずもなく、フロアの一番手前かつ暖かそうなものを選んだだけなので色とか柄とかはこの際どうしようもない。ただ、それでも悠花は『もこもこしてぬいぐるみみたいですね』と充分気に入ったようだったので、パステルカラーの縞々柄も報われるというものだ。
「そういうのは気にしなくていいから。それより、これから上がるかもしれないから、ちゃんと首まで被ってあったかくしてろ」
 薬を飲むのを見守って促せば、渋々ながらも言葉に従って布団に潜る。顔はやや熱で紅潮しているが、これくらいしておけば朝までには下がるだろう。

「何か欲しいものはあるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
 ペタリと冷却シートを貼ってやると、くすぐったそうに身を捩る。
 それから、でも、と言葉を選んで、
「まだ眠くないです」
「そりゃ、昼寝なんてしたからな」
 上目遣いを意識的に避けながら、ぽすぽすと頭を撫でてやる。すると何か不満のようで、頬を膨らませる。そうしていると珍しく年相応に幼く見える。
「なんだ、子守歌でも歌おうか」
 益々不機嫌顔になる。けれど、指先が離れる頃にはその表情もどこかに消えて、
「じゃあ、それでいいです」
 思わず空中で腕が止まる。蒲団の間から覗いている両目は、ちょっと恨めしそうにこちらを見詰めていた。
「って言っても、俺、歌下手だし」
「そういうことじゃないです」
 ふう、と、軽い溜息。埋もれていた指先がするりと伸びてきて、俺の袖の端を掴んだ。その指越しにぶつかった視線。口元は尚も引き結ばれていて。

「もうちょっと、ここに居てください」
 そう言い残したかと思えば、眼差しだけがするりと逃げていく。
 なんだか本当に、妹をあやしているみたいだな。
 我知らずくすりと笑えば、悠花が、どうせ子供っぽいです、とエスパーみたいに拗ねた。